チェビシェフの不等式|思考力を鍛える数学

チェビシェフの不等式について解説します.確率論でもチェビシェフの不等式という名前のものがありますが,今回紹介するものとは別のものです.

チェビシェフの不等式: 実数 $a_1,a_2,\cdots,a_n,b_1,b_2,\cdots,b_n$ について次の不等式が成り立つ. (i) $a_1 \ge a_2 \ge \cdots \ge a_n$,$b_1 \ge b_2 \ge \cdots \ge b_n$ ならば, $$\frac{1}{n}\sum_{k=1}^n a_kb_k \ge \left( \frac{1}{n}\sum _{k=1}^n a_k \right)\left( \frac{1}{n}\sum_{k=1}^n b_k\right)$$ (ii) $a_1 \ge a_2 \ge \cdots \ge a_n$,$b_1 \le b_2 \le \cdots \le b_n$ ならば, $$\frac{1}{n}\sum_{k=1}^n a_kb_k \le \left( \frac{1}{n}\sum _{k=1}^n a_k \right)\left( \frac{1}{n}\sum_{k=1}^n b_k\right)$$

等号成立条件は,いずれも,$a_1=a_2=\cdots=a_n$ または,$b_1=b_2=\cdots=b_n$ のときです.

$a_1,a_2,\cdots,a_n,b_1,b_2,\cdots,b_n$ は実数であれば正でも $0$ でも負でも構いません.(i) の左辺は大きい数どうしの積の和であり,(ii) の左辺は大きいものと小さいもの同士の積の和です.(i) と (ii) で不等号の向きが逆になっていることに注意してください.

(i) はおおざっぱに言えば,大きいもの同士の積の平均は,平均の積以上という主張です.以下では,主に (i) の不等式についてのみ解説します.

$n=1$ のとき

両辺はともに $a_1b_1$ となるので不等式が成り立つのは自明です.

$n=2$ のとき

不等式は, $$\frac{a_1b_1+a_2b_2}{2} \ge \frac{a_1+a_2}{2}\times\frac{b_1+b_2}{2}$$ となります. $$(左辺)-(右辺)=\frac{1}{4}\{2(a_1b_1+a_2b_2)-(a_1+a_2)(b_1+b_2)\}$$ $$=\frac{1}{4}(a_1-a_2)(b_1-b_2)$$ ですが,仮定より $a_1 \ge a_2, b_1 \ge b_2$ なので, $$(左辺)-(右辺) \ge 0$$ したがって,$n=2$ のときも確かに成り立つことがわかります.

$n=3$ のとき

$n=3$ のときもチェビシェフの不等式が成り立つことを確認してみましょう.少し計算が複雑ですが,$n=2$ の場合と同様にして示すことができます.

不等式は, $$\frac{a_1b_1+a_2b_2+a_3b_3}{3} \ge \frac{a_1+a_2+a_3}{3}\times\frac{b_1+b_2+b_3}{3}$$ です. $$(左辺)-(右辺)=\frac{1}{9}\{ 3(a_1b_1+a_2b_2+a_3b_3) – (a_1+a_2+a_3)(b_1+b_2+b_3) \}$$ $$=\frac{1}{9}\{2(a_1b_1+a_2b_2+a_3b_3)-(a_1b_2+a_1b_3+a_2b_1+a_2b_3+a_3b_1+a_3b_2)\}$$ $$=\frac{1}{9}\{(a_1-a_2)(b_1-b_2)+(a_1-a_3)(b_1-b_3)+(a_2-a_3)(b_2-b_3)\}$$ となり,仮定より,$a_1\ge a_2 \ge a_3, b_1 \ge b_2 \ge b_3$ なので, $$(左辺)-(右辺) \ge 0$$ したがって,$n=3$ のときも成り立ちます.

上の考察を参考にして, 一般の $n$ について不等式が成り立つことを証明してみましょう.

(i)の証明:  $$S=\sum_{i=1}^n \sum_{j=1}^n (a_i-a_j)(b_i-b_j)$$ を考えます.仮定より, $a_1 \ge a_2 \ge \cdots \ge a_n$,$b_1 \ge b_2 \ge \cdots \ge b_n$ なので,$1 \le i,j \le n$ を満たす任意の $i,j$ について,$(a_i-a_j)(b_i-b_j) \ge 0$ が成り立ちます.したがって,$\color{green}{\underline{\color{black}{S \ge 0}}}$ です. さて,$S$ を計算していきましょう.

$$S=\sum_{i=1}^n \sum_{j=1}^n (a_ib_i+a_jb_j-a_ib_j-a_jb_i)$$ $$=\sum_{i=1}^n \left(na_ib_i+\sum_{j=1}^n a_jb_j-a_i\sum_{j=1}^n b_j-b_i\sum_{j=1}^n a_j \right)$$ $$=n\color{red}{\underline{\color{black}{\sum_{i=1}^n a_ib_i}}}+n\color{red}{\underline{\color{black}{\sum_{j=1}^n a_jb_j}}}-\color{blue}{\underline{\color{black}{\sum_{i=1}^n a_i\sum_{j=1}^n b_j}}}-\color{blue}{\underline{\color{black}{\sum_{i=1}^n b_i\sum_{j=1}^n a_j}}}$$ ここで,上の赤線の2項と青線の2項はそれぞれ等しいので, $$=2n\sum_{k=1}^n a_kb_k-2\sum_{k=1}^n a_k\sum_{k=1}^n b_k$$ $S \ge 0$ だったので, $$2n\sum_{k=1}^n a_kb_k-2\sum_{k=1}^n a_k\sum_{k=1}^n b_k \ge 0$$ すなわち, $$\frac{1}{n}\sum_{k=1}^n a_kb_k \ge \left( \frac{1}{n}\sum _{k=1}^n a_k \right)\left( \frac{1}{n}\sum_{k=1}^n b_k\right)$$ が成り立ちます.等号成立条件は,$S=0$ のとき,すなわち, $a_1=a_2=\cdots=a_n$ または,$b_1=b_2=\cdots=b_n$ のとき$^{(*)}$です.

・同様にして,(ii) の不等式も示すことができます.((ii) の場合は,$S \le 0$ となる) ・$(*):$ 『$S=0$』 $\Leftrightarrow $ 『$a_1=a_2=\cdots=a_n$ または,$b_1=b_2=\cdots=b_n$ 』 について $\Leftarrow$ が成り立つのはすぐにわかります. $\Rightarrow$ はつぎのようにわかります. $S=0$ のとき,任意の $i,j$ について,$(a_i-a_j)(b_i-b_j) = 0$ です.特に $(a_1-a_n)(b_1-b_n) = 0$ なので,$a_1=a_n$ または $b_1=b_n$ です.

$a_1=a_n$ のときは,$a_1 \ge a_2 \ge \cdots \ge a_n$ より,$a_1=a_2=\cdots=a_n$ であり,$b_1=b_n$ のときも,$b_1 \ge b_2 \ge \cdots \ge b_n$ より,$b_1=b_2=\cdots=b_n$ です.

最後に,チェビシェフの不等式を用いて不等式の証明問題にチャレンジしてみてください.

ささいなことですが,不等式を実際に使う時は,チェビシェフの不等式の両辺を $n^2$ 倍した, $$n\sum_{k=1}^n a_kb_k \ge \sum _{k=1}^n a_k \sum_{k=1}^n b_k$$ を用いるほうが考えやすいかもしれません.

 $a,b,c $ が実数のとき,次の不等式を示せ. $$3(a^2+b^2+c^2) \ge (a+b+c)^2$$

$a \ge b \ge c $ としても一般性を失わない. 問題の不等式はチェビシェフの不等式そのものである.

コーシー・シュワルツの不等式を用いても解けます.

 $a \ge c ,b \ge d $ のとき,次の不等式を示せ. $$(a+b+c+d)^2 \ge 8(ad+bc)$$

チェビシェフの不等式 (ii) より $$8(ad+bc) \le 4(a+b)(c+d)$$ であるが, $$(a+b+c+d)^2-4(a+b)(c+d)=\{(a+b)-(c+d)\}^2 \ge 0$$ なので, $$(a+b+c+d)^2 \ge 8(ad+bc)$$ となる.

 $a \ge b \ge c >0,0< x \le y \le z$ のとき,次の不等式を示せ. $$\frac{a}{x}+\frac{b}{y}+\frac{c}{z} \ge 3 \left( \frac{a+b+c}{x+y+z} \right)$$

$0< x \le y \le z$ より,$\frac{1}{x} \ge \frac{1}{y} \ge \frac{1}{z} >0$
したがって,チェビシェフの不等式より, $$3\left(\frac{a}{x}+\frac{b}{y}+\frac{c}{z} \right) \ge (a+b+c)\left( \frac{1}{x}+\frac{1}{y}+\frac{1}{z}\right)$$ 一方,相加相乗平均の不等式を2度用いることにより, $$\frac{1}{x}+\frac{1}{y}+\frac{1}{z} \ge \frac{3}{\sqrt[3]{xyz}} \ge \frac{9}{x+y+z}$$ これらより, $$\frac{a}{x}+\frac{b}{y}+\frac{c}{z} \ge 3 \left( \frac{a+b+c}{x+y+z} \right)$$ がわかる.等号成立は $x=y=z$

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