三角不等式と図形的意味|思考力を鍛える数学

ar018picture1-5681926 Uncategorized

高校数学ではあまり話題になることが少ない三角不等式について,一歩踏み込んでみましょう.ここでいう三角不等式とは,三角比を含む不等式のことではありません.

三角不等式とは,実数,複素数,ベクトルなどにおける絶対値に関する不等式のことです.大学数学などでは頻繁に用いられる基本的な不等式です.まれに,大学入試の問題でも三角不等式を背景にもつ問題が見られます.

三角不等式: $x,y$ を実数とする.次の不等式が成り立つ. $$||x|-|y|| \le |x+y| \le |x|+|y|$$

証明:  $$(|x|+|y|)^2-(|x+y|)^2=(x^2+2|x||y|+y^2)-(x+y)^2$$ $$=2(|x||y|-xy) \ge 0$$ であり,$|x|+|y|,|x+y|$ はともに $0$ 以上であるから, $$|x+y| \le |x|+|y|   \cdots(1)$$ が成り立つ.また,($1$) 式の $x$ に $x+y$ を,$y$ に $-y$ を代入すると, $$|x| \le |x+y|+|-y|$$ となる.$|-y|=|y|$ であることに注意すると, $$|x|-|y| \le |x+y|   \cdots(2)$$ 同様にして ($1$) 式に,$x$ に $-x$ を,$y$ に $x+y$ を代入すると, $$|y| \le |-x|+|x+y|$$ となるので, $$|y|-|x| \le |x+y|   \cdots(3)$$ ($2$),($3$) を合わせると, $$||x|-|y|| \le |x+y|.$$ 以上より, $$||x|-|y|| \le |x+y| \le |x|+|y|$$

右側の不等式 $|x+y| \le |x|+|y|$ が大切で,左側の不等式 $||x|-|y|| \le |x+y|$ はおまけです.

証明ではまず,右側の不等式が成り立つことを示し,そのあとにその不等式を再利用して,左側の不等式を示しました.このようにしなくても左側の不等式が成り立つことは示せますが,ちょっとした省エネになっています.さて,ここでは証明は省略しますが,複素数やベクトルに対しても同様の式が成り立ちます.複素数 $z=x+yi$ ($x,y$ は実数) に対して,$|z|=\sqrt{x^2+y^2}$ です.また,ベクトル $\vec{a}=(a_1,a_2,a_3)$ に対して,$|\vec{a}|=\sqrt{a_1^2+a_2^2+a_3^2}$ です.

三角不等式(複素数版): $z,w$ を複素数とする.次の不等式が成り立つ. $$||z|-|w|| \le |z+w| \le |z|+|w|$$

三角不等式(ベクトル版): ベクトル $\vec{a},\vec{b}$ に対して,次の不等式が成り立つ. $$||\vec{a}|-|\vec{b}|| \le |\vec{a}+\vec{b}| \le |\vec{a}|+|\vec{b}|$$

ちょっとした発展形として,上で示した三角不等式を有限回用いると,帰納的に以下の不等式が導かれます.

三角不等式(拡張版): $n$ 個の複素数 $x_1,…,x_n$ に対して,次の不等式が成り立つ. $$|x_1+x_2+\cdots +x_n| \le |x_1|+|x_2|+\cdots+|x_n|$$

三角不等式から,距離に関する基本的な事実が導かれます.いま,複素数平面上に異なる $3$ 点 $A_1(z_1),A_2(z_2),A_3(z_3)$ があるとします(単に平面でも構いませんが,簡単のため複素数平面を考えます).当然ですが,

地点 $A_1$ から地点 $A_2$ へ直線で行く距離は,$A_1$ から $A_3$ へ寄り道してから $A_2$ へ行く距離より短いです.

ar018picture1-5681926 この事実は先の複素数版の三角不等式 $|z+w| \le |z|+|w|$ において,$z$ に $z_1-z_3$ を, $w$ に $z_3-z_2$ を代入することで得られる式を考えるとよくわかります.

$3$ つの複素数 $z_1,z_2,z_3$ に対して,次の不等式が成り立つ. $$|z_1-z_2| \le |z_1-z_3|+|z_3-z_2|$$

最後に三角不等式の図形的な意味を見てみましょう.実数よりも,複素数のほうがその意味合いが感覚的にわかりやすいので,複素数版の方で考えます.複素数平面上に $2$ 点 $P(z),Q(w)$ があるとします.
ar018picture3-6229619 $|OP|=|z|,|OQ|=|w|$ です.ここで,$\overrightarrow{OQ}$の始点を点 $P$ にもってきます.さらに $P$ を中心とする半径 $|w|$ の円 $C$ を破線で描くと,下図のようになります.

ar018picture2-2253197

細かい破線で書かれた円弧はすべて原点 $O$ を中心とする円の一部で,一番半径が小さい円弧は円 $C$ に外接するように描かれていて,二番目の円弧は半径が $|\overrightarrow{OQ’}|$ となるように描かれていて,最も半径が大きい円弧は円 $C$ に内接するように描かれています.この図を見れば, $$||z|-|w|| \le |z+w| \le |z|+|w|$$ は一目瞭然です.

以上,三角不等式にまつわる事柄を見てきました.この不等式は大学数学では大活躍するのですが,高校数学ではマイナーなので悲しいです.

Copied title and URL