$(x+y+z)^2$ を展開して同類項をまとめると,$x^2+y^2+z^2+2xy+2yz+2zx$ となって,たとえば,$x^2$ の係数が $1$ であるとか,$xy$ の係数が $2$ であるなどを知ることができます. ところが,$(x+y+z)^3,(x+y+z)^4,…$ など指数が増えたり,$(x+y+z+w)^3,(a+b+c+d+e)^3,…$ などのように項の数が増えたりした場合には,それに伴って展開がかなり面倒になります.そのような場合にも展開したときの係数を知るにはどうすればよいのでしょうか.つまり,実際に展開をすることなく,展開したときの各項の係数を知る方法はないのでしょうか.
この問いに答えるのが多項定理です.多項定理を用いれば,いくつかの項の和の冪乗を展開して同類項をまとめたときの,各項の係数を知ることができます.
多項定理: $(x_1+x_2+\cdots+x_m)^n$ を展開して同類項をまとめたときの,$x_1^{k_1}x_2^{k_2}\cdots x_m^{k_m}$ の係数は, $$\large \frac{n!}{k_1!k_2!\cdots k_m!}$$ ただし,$k_1,…,k_m$ は非負整数で,$k_1+k_2+\cdots +k_m=n$ を満たす.
定理の意味について,順に説明します. まず,$(x_1+x_2+\cdots+x_m)^n$ に現れる $m$ や $n$ は自然数ならばどのような値でも構いません.つまり,多項定理は,項の数や指数が (自然数ならば) どのような値でも適用できるということです.$(1+x)^{100}$ や $(x_1+x_2+\cdots +x_{1000})^{100}$ などの形にも原理的には適用できます.(計算は面倒になりますが) つぎに,$(x_1+x_2+\cdots+x_m)^n$ を展開したときに現れる項は,$x_1^{k_1}x_2^{k_2}\cdots x_m^{k_m}$ という形をしています.ただし,$k_1,…,k_m$ は非負整数で,$k_1+k_2+\cdots +k_m=n$ を満たします.たとえば,$(x+y+z)^3$ を展開すると, $$(x+y+z)^3=x^3+y^3+z^3+3x^2y+3xy^2+3y^2z+3yz^2+3z^2x+3zx^2+6xyz$$ となりますが,どの $x^{k_1}y^{k_2}z^{k_3}$ という項についても確かに $k_1+k_2+k_3=3=n$ が成り立っています. したがって,多項定理の主張は,$(x_1+x_2+\cdots+x_m)^n$ を展開したときに $x_1^{k_1}x_2^{k_2}\cdots x_m^{k_m}$ という項が現れるならば,その係数は $\frac{n!}{k_1!k_2!\cdots k_m!}$ であるということになります. たとえば,$(x+y+z)^6$ を展開したときの,$x^3y^2z$ の係数は, $$\frac{6!}{3!2!1!}=60$$ です.実際,$(x+y+z)^6$ をがんばって展開すると, $$(x+y+z)^6=x^6 + 6 x^5 y + 6 x^5 z + 15 x^4 y^2 + 30 x^4 y z + 15 x^4 z^2 + 20 x^3 y^3 + \color{red}{60x^3 y^2 z} + 60 x^3 y z^2 $$ $$+ 20 x^3 z^3 + 15 x^2 y^4 + 60 x^2 y^3 z + 90 x^2 y^2 z^2 + 60 x^2 y z^3 + 15 x^2 z^4 + 6 x y^5 + 30 x y^4 z + 60 x y^3 z^2$$ $$ + 60 x y^2 z^3 + 30 x y z^4 + 6 x z^5 + y^6 + 6 y^5 z + 15 y^4 z^2 + 20 y^3 z^3 + 15 y^2 z^4 + 6 y z^5 + z^6$$ となるので,確かに $x^3y^2z$ の係数が $60$ だとわかります.
このように,面倒な展開の計算をせずとも,特定の項の係数を知りたい場合には,多項定理を用いる方が効率的です.ただし,展開はすべての項の係数を一度にすべて得られるというメリットもあるので,状況によって使い分けることが大切です.
多項定理は,数学的帰納法を使えば一般の場合について証明することができますが,ここでは厳密な証明はせずに,代わりに組合せ的な考え方でこの公式の原理を理解することにします.
まずはじめに,展開について再び考えてみましょう.たとえば, $$(a+b+c)(x+y)$$ という式を展開してみましょう.これは,分配法則から, $$(\color{red}{\underline{\color{black}{a+b+c}}})(\color{blue}{\underline{\color{black}{x+y}}})=a(x+y)+b(x+y)+c(x+y)=\color{red}{\underline{\color{black}{a}}}\color{blue}{\underline{\color{black}{x}}}+\color{red}{\underline{\color{black}{a}}}\color{blue}{\underline{\color{black}{y}}}+\color{red}{\underline{\color{black}{b}}}\color{blue}{\underline{\color{black}{x}}}+\color{red}{\underline{\color{black}{b}}}\color{blue}{\underline{\color{black}{y}}}+\color{red}{\underline{\color{black}{c}}}\color{blue}{\underline{\color{black}{x}}}+\color{red}{\underline{\color{black}{c}}}\color{blue}{\underline{\color{black}{y}}}$$ とできます.最左辺と最右辺を見比べると,つぎの事実がわかります.
展開したときにでてくる項は,各かっこのなかからひとつずつ項を選び,それらをかけたもの全体の和です.これは,かっこの数が増えても同じです. これを踏まえて,$(x+y+z)^6$ を展開したときの,$x^3y^2z$ の係数を例として考えてみましょう. $$(x+y+z)^6=(x+y+z)(x+y+z)(x+y+z)(x+y+z)(x+y+z)(x+y+z)$$ 先にみたように,展開したときには,$6$ つのかっこからそれぞれひとつずつ代表を選んでかけたものがひとつずつ表れます.この $6$ つの異なるかっこから,$x$ を $3$ つ,$y$ を $2$ つ,$z$ をひとつ選ぶ方法は, $${}_6 \mathrm{C} _3\times {}_3 \mathrm{C} _2\times {}_1 \mathrm{C} _1=60$$ $60$ 通りあります.つまり,$(x+y+z)^{6}$ を展開したときに,$x^3y^2z$ という項が $60$ 回現れるということなので,$x^3y^2z$ の係数は $60$ であることがわかります.
より一般に,$(x_1+x_2+\cdots+x_m)^n$ を展開したときの,$x_1^{k_1}x_2^{k_2}\cdots x_m^{k_m}$ の係数は $${}_{n} \mathrm{C} _{k_1} \times {}_{n-k_1} \mathrm{C} _{k_2}\times \cdots \times {}_{n-k_1-k_2-\cdots -k_{m-1}} \mathrm{C} _{k_m}$$ です.これを公式 ${}_{n} \mathrm{C} _k=\frac{n!}{k!(n-k)!}$ を用いて書き直すと, $$\frac{n!}{k_1!k_2!\cdots k_m!}$$ というスッキリとした形になります.以上が,多項定理の組合せ的な意味です.
問 $(x+2y+3z)^7$ の $x^2yz^4$ の係数を求めよ.
多項定理より, $$\frac{7!}{2!1!4!}x^2(2y)(3z)^4=\frac{7\times 6\times 5\times 4\times 3\times 2\times 1\times 2\times 3\times3\times 3\times 3}{2\times 1\times 1\times 4\times 3\times 2\times 1}x^2yz^4$$ $$=17010x^2yz^4$$ よって,$17010$
問 $(1+2x+x^2)^n$ を展開して,同類項をすべてまとめたときの項数はいくつか.
$(1+2x+x^2)^n=(1+x)^{2n}$ である.二項定理より,$(1+x)^{2n}$ を展開したときの項数は $2n+1$ 項である.よって,$2n+1$ 項.
問 $\left(x^2+x+\frac{1}{x}\right)^{10}$ を展開し,同類項をすべてまとめたときの定数項の値はいくつか.
整数 $a,b,c$ は $a,b,c\ge 0$,$a+b+c=10$ を満たすとする.$(x^2)^ax^b(x^{-1})^c=x^{2a+b-c}$ が定数項となるための条件は,$2a+b-c=0$ である.したがって,$3a+2b=10$ よって,$(a,b,c)=(0,5,5),(2,2,6)$. 多項定理より,定数項の値は, $$\frac{10!}{5!5!}+\frac{10!}{2!2!6!}=1512$$ よって,$1512$.